遊べる人は仕事もできる理由を考察してみた

 遊ぶことが得意な人、自分の趣味に熱中している人は仕事もできる。

 好きな映画を喋らせたら何時間も語れる人や仲間との会話が好きで毎週のように友達と遊んでいる人、DIYが好きで自分でガレージを作ってしまった人。

 遊びといっても様々だが、何か自分が時間を忘れて没頭できるものといっても良いだろう。

 

 仕事以外の場で遊べる人は趣味がない人と比べて職場から信頼されたり、仕事ができる傾向がある。

 

 なぜか?

 私なりに考察をしてみた。

 

 

「遊び」という言葉を聞いてイメージすることは人によって様々だ。念のため、言葉の意味を調べた。

 

遊びとは、知能を有する動物が生活的・生存上の実利の有無を問わず、心を満足させることを主たる目的として行うものである。基本的には、生命活動を維持するのに直接必要な食事・睡眠等や自ら望んで行わない労働は含まない。

Wikipedia

 

 つまり遊びとは、何事にも囚われない主体的で自由な心の在り方を指す言葉のようだ。

 重要なのは特定の行為そのものを指すのではなく、主体的で自由に取り組む心の在り方を指す言葉であるということ。

 この記事では仕事以外に熱中するものがある人のことを指すことにする。

 

遊べる人は仕事もできる理由

自由な発想ができる

 遊びという言葉の意味にもあるように、遊びが得意な人は自由な発想で物事を捉えることができる。

 基本的に遊びは自分の心を充足させるための行為であるため、つまらないと感じることはしなくて良い。

 「〇〇でなければならない」と型にはまった思考では心を充足させるどころか、むしろストレスに繋がってしまう。

 「〇〇してみたらどうなるのだろうか?」と自由な発想で試してみるという考えが、良い結果に繋がるのかもしれない。

 

主体的に行動することができる

 遊びは誰かに強制されるものではなく、行動を自由に選択できる。

 始めるも、辞めるも自分の意思一つだ。

 全ての行動を自分の責任のもとにコントロールできる。 

 

 友人と遊びたいときも「〇〇を誘ってみよう」と自分から連絡しなければならないし、DIYをしたいときも自分からやり方や必要な道具を調べ、購入し作業をする必要がある。

  

 自分から相手に連絡をしてコミュニケーションを図ることや調べて、仮説を立て、行動に移すというプロセスが仕事にそのまま活きてくる。

 

 今や本屋に行けば、仕事術などのタイトルの本がずらりと並んでいるが、遊べる人は遊ぶなかで自然と仕事に活きる思考を身につけてしまっている。

 

失敗に対して許容範囲が広い

 始めから失敗することを前提に行動しているといっても良いだろう。

 「〇〇したらどうなるのだろう?」という思考の裏にはうまくいかない可能性も含まれている。

 

 何か行動する際は失敗やうまくいかないことがつきものだが、それを恐れて行動できない人は多い。

 考えているだけの状態になってしまうのだ。

 スポーツで例えるなら、負けることが怖くてひたすらイメージトレーニングをしている状態だ。

 行動しないよりも失敗した方が前進している。

 

 遊べる人は失敗前提に動いているため、行動することに対してハードルが低いのだ。

 

時間を忘れて楽しむことができる 

 楽しむことができるというのは最大の強みかもしれない。

 義務感や強制感から良い仕事は生まれない。

 

 自分の立場で考えてみて、「やらされている感」満載の人と仕事をしたいだろうか?

 きっと、仕事や責任の押し付け合いが始まってしまうのではないかと勘ぐってしまう。

 

 今や全世界で多くの人が愛用しているiPhone。

 コミュニケーションツール、情報取得ツールとしてあらゆる人の役に立っている。

 果たして、スティーブ・ジョブズは「iPhoneを作らねばならない」と義務感からガレージで作業をしていたのだろうか。

 世界で活躍したプレーヤー、イチローが「メジャーで活躍しなければならない」と強制感で練習をしていたのだろうか。

 

 とてもそうは思えない。

 「これができたら世界が一変するぞ」とワクワクしながら作業をしているスティーブ・ジョブズの姿や「世界に行けばすごい選手と対戦できる」と心を震わせながら練習をするイチローの姿が目に浮かぶ。

 

 規模の大きな話のようだが、仕事ができる人は結果ばかりでなく、目標に向かうプロセスすらも楽しんでいるというのは共通の思考であるような気がする。

 

好奇心旺盛

 知りたい、試したいと好奇心が旺盛だからこそ苦しむことなく、多くの知識や経験を得ることができる。

 好奇心が旺盛なので、誰かから頼まれなくとも進んで調べ、実験する。

 

 オタクの人がまさにそうだ。

 鉄オタがたまにテレビに出ていることがあり、全路線の時刻表を覚えていたり、走行時の音だけを聞いて車系を言い当てたりしている場面が放映されている。

 鉄道が好きでない人からすると、とても考えられないが、鉄オタは何の苦もなく覚えてしまっている。

 本人たちとしては努力しているつもりではないのだろう。

 彼らの姿を見ていると「誰かに注目されたい」、「これを覚えればみんなに認めてもらえるから」という邪な気持ちは一切感じられない。

 ただ、「知りたい」、「鉄道が好きだから」という鉄道へのあくなき愛と好奇心のみを感じる。

 その度に私は思う。

 私が今から毎日必死で鉄道の時刻表を覚えようと努力したところで、鉄オタには敵わない。

 心から溢れ出る好きという愛と抑えきれない好奇心が違う。

 

 好きという愛と好奇心に勝るのは至難の技だ。

 

仕事ができる人の考え方

仕事が好き

 職場で信頼されている人、仕事ができる人は愛がある。

 私は仕事が嫌いだが、仕事が抜群にできるという人を知らない。

 

 「この仕事は〇〇という大変さはあるけどなんだかんだで今の仕事は好きだ」

 

 大小あれど、自分の仕事に愛があるからこそ熱意を持つことができる。その熱意が周囲に伝わり信頼される存在になっていく。

 

主体的に行動する

 やはり仕事ができる人は自分から何かしらのアクションを起こしている。

 消極的に待ってはいない。

 

 「この案件って〇〇の方針で進めようと思うんですけど良いですか?」と周囲に確認を取り進めていく。

 周りから「〇〇の案件ってどうなっている?」と進捗を聞かれる前に行動を起こしていることが多い。

 

仮説を立てて実行できる

 仕事では「こうすれば必ず解決できる」という絶対のマニュアルは存在しない。

 壁に当たったときに原因を分析し、「もしかしたら〇〇を変えればうまく行くかもしれない」と仮説を立てトライアンドエラーをし続けていくしかない。

 うまくいけば、自分のノウハウとなっていく。

 いつまでの指示待ちでは機械と同じだ。

 

まとめ

 仕事ができる人と遊べる人には共通点がある。

・好奇心が旺盛
・主体的に行動できる
・失敗を許容できる
・仕事、趣味そのものが好き

 遊びのなかで身につける思考は遊びだけにとどまらない。

 

 何かを必死で努力したとしても好きで心踊らせながら行動している人には敵わない。

 車やスマホ、パソコンなど今や私たちの生活に欠かせない革命的な道具が遊び心から生まれたように誰かの役に立つものというのは義務感や強制感からではなく遊び心から生まれるものなのかもしれない。

 

 現代は実利が重視される世の中だが、たまには大人も実利につながらないが心躍る何かを見つけ、必死に遊ぶのも良いかもしれない。

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