良い人なんだけど、なんか怖い人

 人当たりは抜群に良くて、とても気が効くし、コミュニケーション力文句なしの人気者で、能力もピカイチで頼れる存在。だけど、なんだか独特な怖さがある人っているんだよね。

 

 その人自体は好きなんだけど、ちょっと怖い。

 

 なんでだろう?って考えたときに思いついたこと。

 

 二面性。表ではすごく人当たりが良いんだけど、裏では毒を吐いている。そんな姿を見た時に怖さを感じるのかもしれないなって思った。

 

 たとえばね、僕が第三者的な立場でほかの人たちの会話を見ていたとする。仮にAさんとBさんの会話している姿を僕が見ていたとする。

 すごくたのしそうに話しているんだよね。

 左側がAさんで右側がBさん。

 

 

 「2人とも楽しそうだし、本当になかが良さそうだな。それにしてもAさんは本当にコミュニケーション力が高いな」

 

 でも、後日AさんがBさんの悪口を言っている現場を見てしまった。

 

 

 ゾワっとした。

 

 えっ、この前まであんなに仲良さそうにしてたじゃん。

 実際はそんなふうに思ってたの?

 

 わかるよ、大人だもん。本音と建前があることくらい。

 でもさ、それでもやっぱり怖いよ。

 

 人って本音を隠してあんなに楽しそうに会話できるんだなって。

 

 Aさんは影響力もあるし、能力も抜群。人望もあるけど、なんとなく怖いなって思っちゃう。

 

 きっと僕と直接話しているときは笑顔だけど、裏ではきっと悪く言われているんだろうなって勘ぐってしまうよね。

 もうね、その探り合いがすごく疲れるわけよ。

 

 仕事で一緒に働く時間はすごく良い人。1日8時間働くとして、8時間良い人だったとする。一緒に過ごす時間のほとんどの時間良い人なのに、ほんの一瞬ものすごくドス黒い裏が見える。

 それだけでこれまで感じていた「良い人だな」って気持ちが、「なんかこの人怖いかもしれない」に変わってしまう。

 

 二面性の破壊力って本当にすごい。わかりやすくいうとギャップのことになるのかもしれない。

 

 特に良い人が見せる悪口とかは半端じゃない。それだけで怖い。

 一瞬で今まで積み上げてきた「良い人」が崩れ落ちる。

 

 だけど、人間だから好き嫌いはあるじゃん。それはしょうがないよ。

 だからさ、何が言いたいかっていうと、

 

 良い人になんかならなくてよくね?

 

 必死で人前で自分の本音を取り繕っても、本音は自分の何気ない仕草から他人にダダ漏れ。うまく隠していると思っているのは、結局自分だけなのよ。

 

 むしろ、自分の本音を隠して、良い人に取り繕うと思えば思うほど、一瞬垣間見える自分の本音にスパイスがかかって、「なんか怖い人」に拍車がかかる。

 

 

 「社会人なんだから、本音を隠して取り繕うのは仕方のないことだよ」っていう意見もあると思う。

 たしかにそうかもしれないけど、あんまり取り繕いすぎて消耗するんならやりすぎ。

 

 結局のところ、本音を取り繕わないと付き合えない相手というのは、それまでの関係なんだと思う。仮にその場をうまく取り繕えたとしてもいつかメッキが剥がれて、そのうち一切連絡を取らない関係になる。

 

 だからさ、元々テンションが低めがデフォルトの人がわざわざ人までテンションをあげなくて良いと思うし、元々真面目な人が人前で慣れないギャグをしたり、陽気なフリをしなくて良いじゃん?って思うのね。

 

 まあ、僕も最近思ったことなんだけどさ。 

 

 結局、無理して作った人間関係を維持するには、無理をし続けないといけないんだからさ。

 

 そんなの疲れるじゃん?

 

 そして何より、その無理してる姿、相手も気付いてる。

 

 だから、自分のデフォルトで良いじゃん。自分の汚いところを無理に取り繕わなくても良い。

 きっとみんな、人前ではきれいに取り繕うけど、ドス黒いもの抱えながら生きてんだ。

 

 取り繕わなくても、キランと光る素敵なものもあるはずなのに。

 

 まとまらないけど、とりあえずそのままで良いじゃん?って話でした。

 

 おしまい。

 

 

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