自分で決めるということが幸福感をもたらす?

 幸福感をもたらす要因ってなんだと思います?

 本を読んだり、自分自身の経験から考えて納得できること。

 それが自分で決めるということでした。

 なぜ、自分で決めるという経験が幸福感をもたらすのかについて考えてみました。

具体例

大学受験

 たとえば、大学受験をするときを考えてみましょう。

 親から「ここの大学にしなさい」って言われて決めたとしたらその子の幸福感は高まると思いますか?

 僕はおそらく理系の最高峰でもある東京大学理科Ⅲ類に合格したとしても、あんまり幸福感は高くないんじゃないかなって推測します。だってその子にとっては自分が決断したことではないから。

 

自分で決めたという感覚は入学後にも影響する

 あとは、色々受験をしたけど合格しなくて第三希望のところに合格した場合とかですかね。

 自分の意思で受験をしたけど、結果的に大学を選択できる状況になかっったということになります。僕にも経験があるんですけど、同じ大学に入学した場合でも「そこの大学しか合格しなくて仕方なく入学した人」と「自分で選択して今の大学に入学した人」ではなんか意欲とかが違う気がするんですよね。

 「そこの大学しか合格しなくて仕方なく入学した人」はなんとなくですけど、俺は本当はあの大学に行きたかったのになーっていう学歴コンプレックスみたいなものを持ちながら、今を楽しめてない感じがありました。

 何かにつけて「俺はこの大学だから・・・」っていうのを挑戦したい言い訳にしている感じ。

 一方で「自分で選択して今の大学に入学した人」はたとえ入学したのが偏差値の低い大学であっても学歴コンプレックスはなにそれ?って感じで気にしていなかったんですよね。むしろ、大学でこんなことしたいとか考えながら、大学生活を謳歌しているようでした。

なぜ自分で決めるということが幸福感をもたらすのか?

 これはね、僕も考えてみたんですけどいまいちなんとくのいく回答が見つからなかったんですよね。

 経験から考えても自分で決めた方がスッキリするのは明確なんですけど。

 

 思うのが、思考停止して「あなたはこれをやりなさい」って言われたことを忠実に行う方が楽な気がします。でも何か失敗をしたときに誰かの責任にしてしまいません?

 失敗したときに言い訳する余地があるというか。

 たぶんですけど、自分で決められないというのは「怖い」からなんですよね。

 失敗したときの言い訳を残しておきたい。

 でも、自分で決めるということは失敗したとしても責任は自分ということなんです。

 その分一生懸命取り組むし、自分の決断を良いものにしようと努力します。その結果、幸福感が上がるんじゃないかと思うんです。

幸福感の本質は?

自分の責任は自分で取るということ

 これらの例から導き出される回答。タイトルにある「自分で決めるということが幸福感をもたらす?」の答えはイエスです。

 理由は自分で決めた方が自分に責任を持てるから。

 失敗したとしても自分の責任。でもこれが幸福感を持つためには実は重要だったってことです。

言い訳しないということ

 それともう1つ。言い訳をしないことも幸福感を持つためには重要な気がします。誰かから言われたことだと、失敗したときに「だって親から・・・」とか「だって上司から・・・」って言葉に出さなくても心のなかで言い訳してしまいがちです。

 自分で決めるためには調べ、そして納得して選択するので失敗をしたときに分析はしても言い訳しません

  きっとこれが大事なんですよね。

まとめ 

 自分で決めるとなんとなくスッキリするとか、逆に人から決めてもらったことをやったけど、失敗したときに言い訳してしまったという経験は誰にでもあるかと思います。

 肌感覚ですけど、自分で決めるということは幸福感に直結すると思います。

 それは自分で決めるということには責任が伴い、失敗したときの言い訳ができない。

 責任感を持つということこそが幸福感の本質なんじゃないかという結論になりました。最後まで読んでくださった方はいかがでしょうか。

 ご意見をコメント欄に書いていただけると嬉しいです。

 今日はここまで。

 最後まで読んで下さり、ありがとうございました。

コメントを残す

メールアドレスが公開されることはありません。 が付いている欄は必須項目です

CAPTCHA